はじめに
2010年前後からのDeep Learning(深層学習) のブレークスルーにより,『人工知能(AI)』が急速に社会に浸透しつつあります。 これは1980年代から1990年代の第2次ニューロブームの頃に盛んに研究された ボルツマンマシンや畳み込みニューラルネットが元になっています。
ただ,今後さらに,人に近い高度な頑健性・柔軟性・実時間性・低消費電力性を 有する人工知能を実現していくには, アルゴリズム(計算手順)だけを工夫して通常の(GPUを含む)コンピュータ 上で実行する方式では限界があります。それは,現代のコンピュータの基本をなしている デジタル方式自体の限界でもあり, アルゴリズムとハードウェア(集積回路)を一体で研究開発していく必要があります。
森江も1990年代に(アナログ方式の)誤差逆伝搬学習を行う多層パーセプトロンや ボルツマンマシン学習を行う集積回路(LSI)チップを開発しています。 また,当研究室博士後期課程一期生の是角,野村(2005年学位取得・修了)は 2002〜2008年に 畳み込みニューラルネットLSIの方式と回路を開発しています。このように当研究室には, 脳型人工知能のハードウェアを開発する研究基盤が長年蓄積されており, 真の知能を実現するための情報処理モデルとハードウェア方式を確立したいと考えて研究を進めています。 現在は,スパイクタイミングを用いる時間軸情報処理に基づく各種脳型知能処理モデルと そのアナログ集積回路化を研究しており,ハードウェア化のための必須技術として 不揮発性アナログメモリ(ReRAM)やナノデバイスの開発も進めています。
同じ専攻内の田中研・田向研とは下記のようなグループを構成して密接に連携しています。 脳の機能を学ぶことから,モデル・アルゴリズム・デバイス・システムの設計開発まで, 幅広い技術を発展させていきたいと考える方は,是非私たちと一緒に 研究してみませんか。
研究目標
- デジタル・アナログ両方式の利点を備えた脳の情報処理様式に基づく パルス駆動型 時間軸情報処理方式を提案し, 新しい知能情報処理ハードウェアの開発を目指します。
- 認識・理解などの脳で行われている知能的処理を, 人間に近い速度と消費電力で実現するには,それに適したハードウェア(集積回路)が必要です。 従来からの主流であるデジタル回路方式は,ムーアの法則に従うCMOS集積回路の 微細化トレンドによって指数関数的な性能向上を達成してきましたが, 近年そのトレンドも飽和しており,今後の大幅な性能向上は期待できない状況です。 また,従来からニューラルハードウェアで用いられてきたアナログ回路方式は制御性に難があります (フレキシブルな処理が難しい)。そこで,両者の利点を兼ね備え, 実際のニューロンの動作を模擬したパルス駆動型時間軸情報処理方式の集積回路を提案し, さまざまな回路を設計・チップ化し,システム化します。
- 脳の視覚系に学んで,既存の視覚処理をはるかに超える, より人の視覚に近い『ロボットの眼』を実現 することを目指します。その際,脳が超並列処理ハードウェアであることから, ハードウェア実現を考慮したモデル・アルゴリズムの開発を目指します。
- 生体はノイズやカオスを有効に利用して情報処理を行っていると いわれています。これをモデル化し,新しい集積回路やナノデバイスを提案・開発します。
- 従来よりノイズは情報処理には邪魔者として扱われてきました。 如何にノイズを抑え,S/N比を向上させるかが,特にアナログ回路設計では重要な課題でした。 しかし,生体ではノイズを有効に利用して,超低電圧・超低消費電力で 高度な知的処理を実現しています。生体(脳機能)に学び, ノイズを利用した情報処理方式を開発します。
- 上記のDeep Learning(深層学習)を行うボルツマンマシンも確率的情報処理モデルで, ノイズ(乱数)を用いる必要があります。
- ナノ構造での知能的情報処理実現においてポイントの一つとなるのは, ナノ構造での量子力学的な確率的動作です。マクロなデバイスと異なり, ナノメータスケールのデバイスでは電子1個1個の確率的な振る舞いが顕著になってきます。 それを逆に利用して情報処理を行うことを研究します。
これまでの研究経緯
- 平成19年度から5年計画で実施した文科省の 知的クラスター創成事業(第II期)・ 福岡先端システムLSI 開発拠点構想 では,本研究室は 「画像及びマイクロ波を用いた知的センシング技術の研究開発」 のテーマを主導し,車載およびロボット視覚のための各種画像認識技術を 開発しました。
- 平成22年度から始まった,本専攻を中心とした学生有志の活動 ロボカップ@ホームロボット・プロジェクト( 家庭用サービスロボット開発を競うロボカップ競技 への参戦を目指した活動)では, 当研究室からも学生が参加し, 画像処理・認識技術のロボット応用を目指した研究を行っています。
- 平成25年度から開設された カーロボ連携大学院では,上記ロボット等の設備を充実させ, 開発の成果を教育に活かすと共に,博士後期課程の研究にも活用しています。
- 新しい集積回路製造技術を開発することが必要と考えて, 平成22年度より4年間実施した科研費・基盤研究(A)では, 東北大,北大,産総研の研究者と連携して,最新MOSトランジスタ構造(FinFET)上に 自己組織化プロセスにより ナノ構造を形成する製造技術を開発しました。 また,平成27年度より開始した科研費・基盤研究(A)では,同じグループで, 脳型処理用のアナログメモリ素子を開発することを目標に研究を進めています。
- 上記目標を実現するために,学内外の研究室と連携して研究を進めます。
- ディジタル脳型集積回路・システム:田向研
- ナノデバイス・材料:田中研,東北大,産総研
- アナログメモリデバイス:北大・高橋研
- 脳型情報処理モデル:古川研
- カオスボルツマンマシンモデル:阪大・鈴木先生
- 脳型情報処理モデル・非線形モデル:東大・合原研